旅行記 アトランタ編 その3

 アメリカ全土においても、いたるところで見本市が開かれていますが、今回は中でも最大級を誇ると評判のアトランタのAMERICANS MARTを訪れることにしました。
AMERICANS MART July 2003 撮影

「AMERICANS MART」

 今日は、いよいよ今回の旅行のメインの目的、アメリカンズマートへ出発です。 昨日の、コングレスセンターの方のギフトショーが、ちょっと期待を裏切れた感じだったので、その分期待に胸を膨らませてしまいます。

 泊まっているホテルが、アメリカンズマートのオフィシャルホテルのせいもありますが、 会場までは歩いても5〜6分という近い距離にもかかわらず、シャトルバスも出ています。 ホテルのロビーには、シャトルバスの運行予定の看板も出ており、泊まっている人々もほとんどが見本市の関係者ということもあり、 ホテル自体が見本市一色といった感じです。 バスの中には、ミネラルウォーターも常時置かれており、自由に取っていっていいようになっています。
 ヨーロッパなどの見本市と比べて、アメリカの見本市は、お客様への気配りが何倍も行き届いているように思います。 この他にも、会場のいくつかでコーヒーや紅茶などの飲み物の無料サービスをはじめ朝食まで用意されています。 警備もかなり厳重で、スタッフもとても気さくで親切で、初めてでも安心して会場を回れるように配慮されています。

 ホテルの入り口まで行くと、ちょうどシャトルバスが止まっていましたので、そのまま乗って会場まで行くことにしました。 会場に到着すると、もうすでにたくさんの人たちがビルの中へ吸い込まれていきます。すごい熱気が外へも伝わってくるようです。 アメリカンズマートは、3棟のビルディングからなっていますが、色々な階で3棟がつながっています。 それぞれが20階〜15階建ての上に、そのそれぞれのフロアーがとても広く、たくさんのショールームがあります。 常設のショールームと臨時のショールームがあり、また常設といっても、常に開いている所と閉まっていることの多い所とありますが、 今の時期は、すべてのショールームが開いているのです。そのスケールは半端ではありません。 臨時のショールームは3棟にかたまっているのですが、常設のショールームがどんな雰囲気なのか見てみたかったので、 1棟の最高階から順番に回っていくことにしました。

 たくさんの人が回っているはずなのですが、広大な広さゆえか混雑もなくスムーズに見て回れます。常設のショールームは内装も凝っており、 高級感が漂う雰囲気です。あちらこちらで、パーティを開いていたり、音楽を演奏していたりしています。飲み物や食べ物まで、お客様にふるまってくれます。 また、そのショールームに所属するデザイナーがサイン会を開いているところもあり、興味半分に列に並んで順番を待ちますと、バッジホルダーを見ながら、 デザインしたバッグなどに、私たちの名前まで入れてサインしてくれました。 お客様に対するサービス精神と共に、自らも楽しもうという姿勢を感じます。お店にとっても一大イベントなのでしょう。サンプルも多くのショールームで配られています。 どのショールームもとてもおしゃれで、商品のデザイン性もクォリティもとても高いように思います。

 ちょうど、エスカレータを起点にフロアーをぐるぐる回っていくのですが、各階がアイテムごとにきちんと区分けされているため、とても見やすくなっています。 この階は家具のフロアー、この階はフレグランスのフロアーといった具合です。 おかげで、あまり関係のないフロアーは大急ぎで周り、興味のあるフロアーはゆっくりと、 効率よく回ることが出来ます。デザインセンスもさすがで、興味を引く商品がたくさんありますが、ヨーロッパの時と同じように、 プロデュースはアメリカでも、多くの商品は中国で生産されていました。ここでも、やはり、中国の力を見せつけられた思いです。 クォリティーの高さは、さすがにアメリカのコントロールが行き届いています。が、その分、価格にもしっかり反映されているように思います。
 興味のあるブースで、担当の方に商品についての説明だとか、取引の条件だとかの説明を受けますが、どこもとても丁寧に説明してくれます。 ただ、商品サンプルを手に入れたいのですが、オーダーにつながらなければ難しいので、滞在中何度もそのブースへ伺い、何とかサンプルを分けてもらえるようお願いしました。 それにしても、AMERICANS MARTのために4日ほど考えていたのですが、それですべて回れるだろうかと少し不安になりました。
   左写真 AMERICANS MART July 2003 撮影

写真 AMERICANS MART July 2003 撮影    写真 シャトルバス July 2003 撮影   
写真 AMERICANS MARTの様子 July 2003 撮影

マーガレットミッチェル記念館 July 2003 撮影 「マーガレットミッチェル記念館」

 せっかく、アトランタへ来たのですから、AMERICANS MARTの合間にできる範囲での観光も楽しんでおこうと思い、 アトランタといえばすぐに思い出す、「風と共に去りぬ」の作者「マーガレットミッチェル」の記念館を訪れることにしました。 幸い、地下鉄で3つ目の、駅からすぐ近くにあるということです。
 地下鉄の「N4」で降り、駅員さんに地図を見せて場所を尋ねますと、外を指差しながらすぐそこだからといわれました。 このあたりは、ミッドタウンにあたるのですが、駅の周りもこれといった建物もなくホテルのあるダウンタウンとはまた違った風景です。 言われたとおり、北に向かって少し歩いていきますと、「Margaret Mitchell House & Museum」と書かれた立て札が立っていました。

 入り口を探しましたが、わからなかったので、立て札に一番近い建物の入り口へ行ってみたのですが鍵が閉まっています。 どうしようか迷っていると、一組のカップルがやってきて、入り口のドアを叩きはじめました。中から女性が出てきてカップルと何か話し中へ招きいれようとしましたので、 一緒に入れてもらおうとすると、カップルが入り口はあっちだからと向かい側の建物を指差しました。
 言われたとおり、向かいの建物に沿って少しあるきますと入り口がありました。 そこがビジターセンターセンターだったのですが、受付でツアーの申し込みをしました。 ここは、過去2度も放火によって被害を受けたそうですが、そのためか自由な見学は許されません。すべて、ガイドツアーによって案内されます。 申し込みの時に、ここでも日本語のツアーの台本を渡されました。

 まず最初に、彼女の生涯がミニシアターで紹介されます。日本人見学者は他には見当たらず、15人くらいの他の国からの見学者と一緒でした。 ミニシアターが終わると、いよいよ彼女が住んで、原稿を書いていた記念館になっている建物に案内されます。 記念館は厳重に鍵がかけられており、ガイドの男性が開けて中へ招き入れてくれますが、全員が入った後はすぐにまた鍵をかけています。
 普通の民家を改造して作ったアパートのせいもあり、彼女が住んでいた部屋は小さいものでしたが、内部の細かな部分まで生前通りに復元されており、 当時の息遣いが伝わってくるようでした。彼女が原稿を打っていたタイプライターやソファーやベッドなど見ているだけで、映画の場面が思い出されるようでした。 じっくりと感慨にふけりながら見て回りたかったのですが、ガイドの男性は、とにかくはや口で説明しまくり、話し終わるとどんどん部屋から見学者を追い立てていくといった感じで、少し残念でした。 もちろん、写真撮影も許されていません。
 作品の性格上、どうしても奴隷制や黒人問題が含まれているためだろうと思われるのですが、スタッフ達が必要以上に神経を尖らせているような感じがします。 記念館の最後の展示ルームには、彼女が晩年作品のヒットで得た莫大な収益の一部を、黒人の地位向上のための慈善事業に使っっていたということがより強調されていました。 作品については、今でもすべてのアメリカの人々に受け入れられているというわけではないということでしょうか。  右写真  マーガレットミッチェル記念館 July 2003 撮影
写真 マーガレットミッチェル記念館 July 2003 撮影    写真 マーガレットミッチェル記念館 July 2003 撮影   
写真 マーガレットミッチェル記念館のあたり July 2003 撮影

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