旅行記 アトランタ編 その1

 アメリカ全土においても、いたるところで見本市が開かれていますが、今回は中でも最大級を誇ると評判のアトランタのAMERICANS MARTを訪れることにしました。
ワールド・オブ・コカコーラ July 2003 撮影

「アトランタへ」

 アトランタと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、以前おこなわれた「オリンピック」でしょうか。 この南部最大の都市は、商業都市です。ビジネスの街とも言えるでしょう。 そして、ここアトランタでおこなわれている見本市「AMERICANS MART」はアメリカの中でも最大級だといわれています。 以前から、機会があれば一度は訪れてみたいと思っていたので、期待に胸を膨らませての出発となりました。

 1月のメキシコの旅と同じく、関空からUA(ユナイッテッド航空)でサンフランシスコまで飛び、国内線へ乗り換えてアトランタまで、14時間くらいの旅です。 メキシコへいくのと大差ありません。
 1月は、空港のチェックインの際、機械を通して異常がない場合でも、スーツケースの中をすべて開けて調べられるという、物々しいセキュリティーチェック体制だったので、 今回も同じだと覚悟していたところ、機械を通して問題がなければそれでよく、拍子抜けするほど簡単な検査でした。
 飛行機は予定通り出発しました。夏休みも近いせいか子供連れの乗客が目に付きます。ちょうど後ろの席に座っていた年配の女性が話し掛けられ、 なんと、お年は80を越えられての一人旅をされるとか。すっかり旅なれた様子にこちらも励まされる思いでした。フライトは順調に進みます。

 サンフランシスコへも予定通り到着し、通関を受けましたが、アメリカ訪問ということのせいか、かなり色々と突っ込んで質問されました。 無事に通関も済み、アトランタ行きの国内線への乗り換えですが、ここでもかなりきびしいセキュリティーチェックを受けます。 関空では、身体検査のほうもブザーは鳴らなかったのですが、ここではひっかかってしまいました。靴を脱ぎ椅子に座らされ、入念にチェックされましたが、 回りを見ると、ほとんどの人がやっぱりチェックを受けていました。
 サンフランシスコまでは、日本人の姿も数多く見受けられましたが、アトランタ行きの飛行機では全く見られません。国際線とは随分雰囲気も違うようでした。

 アトランタまでの4時間くらいのフライトも順調に進み、ようやくアトランタのハーツフィールド国際空港に到着です。日本との時差は13時間。昼夜逆転状態となります。 今回の宿は、見本市会場のあるダウンタウンの「Fairfield Inn Atlanta Downtown」です。高速道路の入り口にあるというホテルなので、タクシーで向かいました。空港からは均一料金で、 タクシーの窓に料金表が貼っており、わかりやすくなっていました。  左写真 ワールド・オブ・コカコーラ July 2003 撮影


アンダーグラウンド July 2003 撮影 「ワールド・オブ・コカコーラ」

 次の日の朝、ホテルのロビーに朝食を取りに行きますと、集まっている人たちはみんな、「AMERICANS MART」のネームカードを首から下げています。 出展者の方が多いようですが、何かもう熱気のような雰囲気を肌で感じます。

 とはいえ、この日はまだ見本市が本格的には始まっていないので、観光をしておこうということになりました。  アトランタの観光名所といえば、何といっても「ワールド・オブ・コカコーラ」でしょう。世界中どこへ行ってもコカコーラは飲まれているのではないでしょうか。
 ホテルのある「ピーチツリーセンター駅」から一駅で、一番にぎやかな「ファイブポインツ駅」です。旅行客向けの安いチケットを手に入れようと、ピーチツリーセンター駅で尋ねたのですが、 次のファイブポインツ駅でしか買えないということでした。しかも驚いたことに、切符を持ってないにもかかわらず、改札口をさっと開けて通してくれたのでした。 ファイブポインツ駅でも、チケットを買いたいというと、ここでも改札口をすぐに通してくれました。何とも大らかな気質というか、こちらまで何かほっとするようでした。

 駅から地下へ降りると、そこはもう「アンダーグラウンド」です。ここは、アトランタ発祥の地でもあるそうです。1837年に、一人の男性がやってきてここにゼロマイル標を立てました。 これを起点に線路が敷かれ、町が出来ていったそうです。「アンダーグラウンド」は巨大なショッピングモールです。特にこの地下1階は、レンガの壁が続くとおり沿いにたくさんのお店が並んでいます。 通りの真中には屋台のショップが並び、そして、舞台までありました。そしてこの地にふさわしく、ジャズが一日を通して流れているようです。

 この地下1階を通り抜けると、そこには「ワールド・オブ・コカコーラ」の建物が見えてきます。建物自体は、隣り合った官庁街との調和を乱さないようとの配慮もあってか、とてもシンプルですが、 入り口の上に大きく「Coca Cola」の巨大な地球が回転しながら浮かんでいます。
 1886年、アトランタのダウンタウンの薬局で、John S. Pnmbertonという薬剤師が作った飲料水が売り出されました。風邪薬の開発中に偶然生まれたそうですが、 コカの葉などを使った調合は今だに秘中の秘とされているのだそうです。

 週末や夏休みなどはとても混み合い、入場制限などもあるそうですが、今日は平日ということもあってか、想像していたよりかなりすいていました。 チケットを買って中へ入ると、まずエレベーターで3階まで上がります。降りると、1168本のコークが瓶詰めされる様子を表した「Bottling Fantasy」が目の前に飛び込んできます。 そして、アンティーク・コレクションの世界、1930年代の当時の販売方法などの実演があります。 そして、小さなシアターの中では、5ヶ月をかけて撮影された、世界中でコークが飲まれている様子のビデオが流されています。もちろん日本での様子もありました。 まるで、コークを飲んでいない人など世界中にいないかのような雰囲気でした。シアターの入り口の上には、電光掲示板があり、今この瞬間までに飲まれているコカコーラの数がどんどん流れていました。 止まることなく、いったい1秒に何本くらい飲まれているのでしょうか。 とにかく、どこへ行ってもコークに囲まれているようでした。
 もちろん、コークを自由に飲めるコーナーもありますが、アメリカ18州の各工場で作られたコークを飲み比べが出来るコーナーと、世界各国のコカコーラ社が独自に開発した 22種類のソフトドリンクがそろっているコーナーとに別れています。普段はあまり飲みませんが、ここぞとばかりに少しづつ世界中の味を堪能しました。 スイカ味、メロン味等など、さすがにお国柄でさまざまな味があります。 近くにいた少女に「美味しい?」と聞いてみますと、ニコニコしながら「美味しいね。」といっていました。  右写真  アンダーグラウンド July 2003 撮影
写真 ワールド・オブ・コカコーラ July 2003 撮影    写真 アンダーグラウンド July 2003 撮影   
写真 アンダーグラウンドにて July 2003 撮影

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